「クラブきっず」と「人体の不思議展」を分けるものは何だろね?

大変申し訳ないのですが、倫理観に欠けることを書かせていただきます。
私はグロ画像が好きです。(私は死んだ方がいいですね。大変申し訳ありません)


事故死の子供の写真を無断で掲載して、
遺族らに児童売春・児童ポルノ禁止法違反容疑で告発されたことで話題となった
ウェブサイト「クラブきっず」。


一方、人体の不思議展というものがある。公式サイトによると、この展示会の主旨とは
「医療現場という特定の世界でしか知り得ない『人体解剖標本』」を公開することで
「人体標本を通じて「人間とは」「命とは」「からだとは」「健康とは」を来場者に理解、実感」
して「健康の大切さと生命の尊厳を再確認」するという目的のもとに行われているらしい。

私は道徳がない最低人間だからどっちも過激なポルノとしてしか消費しない

だが、「クラブきっず」は非難されやすく「人体の不思議展」は非難されにくい
(ような気がする。これは勿論人によるだろうけど)

<医学>という正当性

医学という眼差しの基に死体を眺めると正当であると思われやすいようである。

<真摯な態度>という正当性

死体を真剣な態度で、あくまでも高尚なものとして見るという姿勢で見ると
正当であると思われやすいようである。
根本にあるのは、死体(元、生きていた人間)に対する敬意といったものの有無であろうか?
また、死体に<性的なニュアンス>をはめ込もうとする態度や言動に対しては
激しい嫌悪感や非難の声が向けられやすいようである。

死体と死体に関する権利を持つ者の承諾があるかどうか?という問題

再び、「人体の不思議展」公式サイトを見てみると、以下のような記述に出会うだろう。

本展で展示されているすべての人体プラストミック標本は、
生前からの意志に基づく献体によって提供されたものです。


対して、「クラブきっず」は死体と死体の遺族に無断で、写真を掲載している。
まあ、若干それだけではない問題もあるようだが。以下引用させていただくと

入手した子供の遺体写真が、遺族がWebで公開していたものだということだ
(worldNote 「クラブきっず」事件と遺族)
http://blog.goo.ne.jp/worldnote/e/757acf593527c1256884ab61f9c97c40

これについては、私は考えることを保留します。

死体(もしくはグロ画像)を観賞することを他者が認める条件って?

適当に思いつくだけ挙げてみた結果
<医学><真摯な態度><死体とその関係者の承諾>
という三つが出てきた。


だが、あくまでも私がそう思うだけで、人によっては全く違う理由を考えるのかもしれない。
そして、ここで考えた<死体観賞の秩序>は「現在の日本という場所」においての話でしかない。

おまけ:容疑者が「教師=聖職者?」という問題があるんだろうね

これを忘れていました。


k.nakanoの日記 - 「クラブきっず」−http://d.hatena.ne.jp/knakano/20061204
こちらの方の記事を拝見して、気付きました。
ただ、「教師」であっても<医学><真摯な態度><死体とその関係者の承諾>
という三つの道具を引っさげて、死体を観賞したら
どの程度、批判されていたのだろうか?というかそもそも、上記3つがなかったから批判されたのかな?
もう寝ます